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川添です。
先日、瀧廉太郎の名曲『花』を歌う機会がありました。
一
春のうららの 隅田川
のぼりくだりの 船人が
櫂(かい)のしづくも 花と散る
ながめを何に たとふべき
二
見ず家あけぼの 露浴びて
われにもの言ふ 桜木を
見ずや 夕暮れ 手をのべて
われさしまねく 青柳を
三
錦おりなす 長堤(ちょうてい)に
くるればのぼる おぼろ月
げに一刻も千金の
ながめを何に たとふべき
おなじみ瀧廉太郎の名曲中の名曲です。
小学校の音楽の教科書には必ずといっていいほど彼の歌が載っています。
瀧廉太郎は、西洋の音楽の手法で日本の情緒を表現した最初の人物といわれ、数々の傑作を世に残しました。この「花」という曲は、1900年、明治時代後期に作曲されたものです。
当時、日本の音楽の多くが、西洋の曲にそのまま日本語の歌詞をのせただけだったといいます。瀧はこれを憂い、日本の情緒を西洋に感化されることなく、日本人の感性を曲にあらわしたそうです。
その最初の曲がこの『花』といわれ、当時としてはとても画期的なことだったといいます。ちなみに一番〜三番までメロディーが若干違います。これは歌詞にあわせてアレンジしたそうです。
下は『花』がおさめられた歌集の序文の一部です。
近ごろ音楽は進歩発達し,歌曲も少なからず作られた。しかしその多くは音楽の普及を目的とした学校唱歌であり,程度の高いものは少ない。比較的程度の高いものは,西洋の歌曲に日本の歌詞を当てたものであり,単に歌詞の字数を合わせたにすぎないため,原曲の妙味を損なうものが多い。中には原曲のおもむきに合った歌詞が付いた例もあるが,所詮は一時しのぎの便法であろう。
私は,力不足ではあるが,常々このことを残念に思っていたので,我が国独自の歌詞による歌曲をいくつか公開し,我が国の音楽の進歩に寄与したいと思う。
彼は西洋に媚びることなく、日本の音楽史に一石を投じました。
日本の音楽史に偉大な功績を遺した瀧ですが、わずか23歳で病魔に屈しこの世を去ったことを知ったときは、何とも言えないもの悲しさを感じました。
『花』や『荒城の月』は、小学校時代になんとなく音楽の授業で歌っていた歌ですが、20年近く経った今、ひょんなことから歌に込められた瀧の想いや当時の時代背景を深く知ることができました。
瀧にかぎらず、われわれ現代人は、その時代に生きた日本人の姿と感情を再認識するとともに(教育現場においても子供たちに伝えるべき)、その美徳を受け継いていくことがが今の日本には必要ではないか。
今回、そのように深く感じました。
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